スマートフォンがないと自転車さえ借りられない

私は最近,特別な用件により都市圏に行かなければならなかった。さて,その予定時間まで2時間半ほど残っている。だから古書店や文房具屋にでも寄ろうか。だが,そのためには自転車を借りる必要があった。

私はUMPC(ウルトラモバイルパーソナルコンピューター;超携帯型パソコン)を使いダックダックゴーにアクセスして, ”(地名) レンタサイクル” と調べた。いくつかヒットしたものの,ほぼすべてがスマートフォンを必要とするものだった。

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スマートフォンのない生活

私はスマートフォンを持っていない。先月に故障して以降,前から所有していた中古の4Gケータイを使っている。外出先でインターネット接続が必要になったら,契約している有料無線LANにUMPCを繋げばいい。近くにLANスポットがなければ携帯電話でテザリングすれば済む話である。だからスマートフォンは不要だと思っていた。

旅行時にも紙の地図があれば道に迷うことがない(地図なしで旅行するなど考えただけでも身の毛がよだつ)。ポメラで書いた文章をUMPCに伝送すれば,名古屋だろうが大阪だろうが,どこにいてもブログ記事を公開できる。

三井住友銀行のデビッド付きキャッシュカードを持っていれば,たいていのお店でキャッシュレス決済ができる。UMPCで三井住友ダイレクトにアクセスすれば,銀行口座の残高も確認できる。

しかし,ほとんどの自転車貸出業者は,スマートフォンに専用のアプリケーションソフトウエアを導入することを求めていた。なんとかスマートフォン不要の貸出業者を見つけて,その店舗へ向かった。

それは特別なコンセプトを持っている貸出業者で,高級スポーツ自転車専門店であった。貸出料金は通常の業者 –スマートフォンを必要とする– の2ないし3倍。車種は慣れないスポーツ用自転車のみ。借りられないよりはましだと思って,手続きを経て借りた。

しかし,スポーツ用はいわゆるママチャリとは勝手が違う。制御方法やギアの変え方が異なり,どうやら運転には特別な技能が必要らしかった。誤って壊した場合の賠償額だって違うだろう。

到着した古書店には目当ての本は置いておらず,腕時計を見たら予定の時間がせまっていた。あわてて貸出業者の店に戻り,返却の手続きをした。

切り捨てられる人々

一般の自転車貸出業者がスマートフォン用アプリケーションソフトウエアの使用を求める理由はおそらく,貸出場所が無人でも確実に本人確認や支払いができるからだろう。
個人番号の収集や利用は法律で制限されているが,スマートフォンの場合はアプリを開発すれば私企業でも本人確認の手段として使える。結果として何でもアプリ,アプリという社会になったのではないだろうか。

だから,スマートフォンを持たないで生活するというのは困難である。
スマートフォンを使いこなせない高齢者が切り捨てられるとはよく言われる。しかしスマートフォン社会で切り捨てられてしまう人は高齢者だけではない。

スマートフォン依存・ネット依存から回復しようとしている人もまた,切り捨てられてしまう。あるいは,元の依存に戻ることになるのだ。
スマートフォンを生活から切り離すことはできない。買い物のポイントがたまらないのは看過できるとしても,自転車すら借りられないとは。大学のオープンキャンパスでも,スマートフォンがなければ入場できないことがある。

商取引やSNSなどのサービスも,登録や利用をアプリに限るものがある。すなわちパソコンからは利用できず,スマートフォンを用意しなければならないのだ。

だがスマートフォンを使うと,依存用に戻ることになる。友人と話す時間も,勉強や創作の時間も失ってしまうのだ。

アプリ制限も無意味である。まず監督する保護者がいなければならない。そして,何か新たなサービスを利用しようとするたびに,新たなアプリを入れる許可を得なければならない。当サービスを利用するにはアプリをインストールしてください。ご予約はアプリからのみ受け付けております。アプリ,アプリ,アプリ。

結果として,制限を解除せざるを得ない。しかし解除するともとの依存症に戻ってしまう–。

監視社会

続いて, ”監視社会” という問題もある。この ”監視” は政府というより,私企業によるものだ。

日本で多く使用されているスマートフォン ”iPhone” に搭載されているオペレーティング・システム(制御機構)は ”iOS” という。これは米Apple社のコントロール下にあり,特別な改造を施さない限り,Apple社が認めたもの以外のアプリケーション・ソフトウエアを導入できない。

対して,米Google社が開発したオペレーティング・システム ”Android” はオープンソースである。
すなわち,私企業の営利目的支配を受けずにスマートフォンを利用する方法もある。そして,米Google社でない私企業が,営利目的で顧客の情報を支配することも可能である。

だが,Android用アプリの多くは,米Google社の提供するアプリストアから導入される。
オープンソース専門のアプリストアである ”F-Droid” も存在するが,自転車を借りるときに必要なアプリなどは,無論配信されていない。ここで配信されているのは,ファイルマネージャーやパスワード管理,電卓といった基本的なアプリだけである。
支払い(ペイアプリ),スマホ向けSNS,レンタル自転車といった ”スマートフォンでしかできないこと” に用いるアプリはほぼ配布されていない。

結果として,生活に必要なサービスを受けるためには,ただの私企業にすぎない米Google社あるいは米Apple社に個人情報を渡さなければならない。両社が提供するアプリストアを利用するには個人情報を求められるばかりでない。アプリ管理のための機能が定期的に米Google社ないし米Apple社と通信し,IPアドレスや識別番号を送信しているかもしれない。

一般人ならばIPアドレスを知られたとしても問題ないかもしれない。しかし政治活動家や諜報員など,秘密行動を必要とする人にとっては危険な地雷となる。スマートフォン社会というのは,カフェでコーヒーを飲むたびに身分証明書を見せるよう求められ,指紋を採取されるような社会でもある。

スマートフォンというのは,便利さを身にまとったスパイなのかもしれない。それがアメリカやロシアや中国といった大国が派遣したものならいざ知らず,ただの私企業が営利目的 (個人の興味関心や行動を把握して適切な広告を見せる)で一般人のポケットに派遣したのだとしたら–。