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小説 明けない冬 第二版

権利情報

小説 明けない冬

第一版 二千二十二年三月二十二日

著作権者・著者・発行者・印刷・製本 池田笠井闘志
https://kasaitoushi.nagano.jp

(C)2022 Ikeda Kasai Toushi—Some Rights Reservet

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この作品は小説です。実在の人物や団体とは関係ありません。本作品は、あなたまたはあなたの属する組織にとって、不穏当または不快である可能性があります。ブログ記事などと比べて非常に文字数が多く、また、あつかっている内容も創作上のものであるという特性上、多様性や社会情勢への配慮がゆきとどかない場合があることをご了承ください。きわめて不穏当または不快に感じられた場合は、著者の公開している連絡先にご指摘ください。

作中では,登場人物が気象警報を軽視する発言をしていますが,特別警報でなく警報や注意報であっても,危険がさしせまっていることを伝えるものですので,ご留意ください。
気象災害は生命や記録文書,財産をおびやかすため,けっしてその危険を軽んじてはなりません。

作中の登場人物が、通信制高校を「底辺なところ」と並べてっていますが、旧来の誤った価値観にしばられていることを示すため,このような発言を含めています。じっさいの通信制高校は、いわゆる「底辺校」という言葉が想起させるものとは,まったく異なっています(筆者も通信制高校 生です)。また,学校は入学に要する学力だけで評価できるものではありません。


本文

二千二十二年の冬は特別に寒かった。十二月も半ばにさしかかったとき、田邊仁志の通っている中学校は、大雪のため臨時休校となった。
田邊仁志は中学校三年生だ。かれは市内の高校に進むつもりでいた。姉の田邊いずみは高校二年生で、広域通信制高校で学んでいた──といってもすでにレポートをすべて提出し終え、同級生と通話やチャットばかりしていたのだが。

田邊仁志は、三月に高校受験を控えていた。しかも、かれが進もうとしているところは、入るのが難しい高校なのだ。勉強を怠れば、望まない結果を突きつけられることは確実だった。
同級生と電話越しに笑い合っている姉をよそに、田邊仁志は問題集を開いた。今日こそは苦手な数学をなんとかしなくてはならない。とくにわからないのは確率の単元だった。
しばらく問題を解き、解説を読んだ。そしてふと、問題集から目をそらして窓の外にちらつく雪を見たときに、なんともいえないいやな予感を感じたのだった。

年の暮れもさしせまったある日、田邊仁志は気分転換にと市街地に出かけることにした。
不織布マスクをつけ(まだコロナ禍は終わる見込みがなかった)、寒気のただよう住宅街を歩く。駅にはほとんど人はいなかった。田邊仁志を乗せた電車は、パンダグラフから火花を散らしながら、長野駅に向かって凍てついた住宅街をさっそうと駆け抜けていった。

長野駅に着いて改札口を出ると、多少の人混みがみられた。強毒性と感染力を兼ね備えたシグマ株による第十波のさなかだというのに、人々はマスクを一枚つけるだけで安心して街へと繰り出す。それは自身にもいえることだった。強制力のない「お願い」だけでは、一度空気がゆるんでしまうと、もはや外出をくい止めることはできない。それに、もろもろの不自由と恐怖が何年間も長引くとなると、心理的にも限界がある。二千二十二年の自殺者数は十七万八千人を超える見込みで、同年のCoVID─19による死者数の約二万人を上回っていた。そして中高生に限っていえば、自殺率は百分の一にものぼりそうないきおいだった。
コロナは「国家的危機」だということで、第九波と第十波の入りにはそれぞれ国民保護サイレンが鳴らされた。このときは田邊仁志もさすがに怖じ気づいたが、次にまたサイレンが鳴ったとしたら、気に留める人がこの街にどれくらいいるだろうか。病や死を恐れてばかりはいられない。どんな危機のなかにあろうと、日々の生活を送らなければならないのだ。

田邊仁志はエスカレーターを下り、善光寺口のロータリーに出た。大手カフェチェーンの店舗があったところには、休業を知らせる張り紙がむなしくたなびいていた。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、
一月三十一日まで休業させていただきます。

横断歩道を渡って書店に入ると、新刊本のコーナーもコロナ一色に染まっていた。「永遠のコロナ禍は永遠の『平和』なり──コロナは支配にもってこい!」、「相次ぐコロナ感染拡大、絶望の真実」、「三年目に改めて問う。コロナとはいったい何なのか」といった表題が販売棚を埋め尽くし、マスクをつけた客がそのまわりをせわしなく歩き回っていた。
「よお、仁志くん」一メートル半ほど後ろから、呼びかける声がした。
親友の岩崎龍哉だった。マスクをかけたその姿も、いまではすっかり見慣れている。
「なんだ、君か」
「そうだ、間違いなくおれだ。それにしても、シグマ株だっけ? また新しい変異株が出やがった。どこもかしこもコロナ一色で、本屋もコロナまみれだな」
「もう三年目を終え、四年目に入る」
「これでおれたちの中学時代は、コロナで始まりコロナで終わるってわけか」岩崎龍哉はため息をつき、新刊本コーナーを見つめた。
「そういえば、龍哉くんはどこの高校に進む予定なの?」話題を忌まわしい流行病からそらそうとして、田邊仁志は尋ねた。
「君の姉さんと同じ高校だよ」
「もしかして、姉ちゃんとつきあいたいの?」
「あのさあ、もっと性の多様性ってことを考えたほうがいいぞ。十年来の親友だから不問にしておくが、会社のなかで言ってみろ──セクハラになる」
「ああ、すまん。それにしても──」
「コロナ禍は終わる見込みがないな。おれなんか、ワクチンを三回打ったのに第九波でかかっちまった。若いから軽くてすんだが、いまはストレスで免疫力がぶっ壊れそうだ。つぎにかかったら重症化は間違いなし、ってことになる」岩崎龍哉は再び、深いため息をついた。
たしかに岩崎龍哉の言うとおり、コロナ禍──日ごとに感染者数が報じられ、家を一歩出たらマスクをつけることを求められ、飲食店はすべて二十時までに閉まり、陰湿な空気が旅行をさまたげ、新たな変異株とやらが流行り、そしてときたまにその病にかかる──は終わりそうになかったし、永遠に続くとしても不思議ではないように思えた。田邊仁志は岩崎龍哉に別れを告げ、長野駅へと歩き始めた。

雪が降っているゆえなのか、長野市街はどんよりとした空気につつまれていた。マスクをつけた人々を、どれだけ見たことだろうか。コロナ禍が始まる前はまだ小学生で、街に出ることはほとんどなかった。感染がいったん落ち着いた──少なくともそのような雰囲気を感じた──二千二十年の六月には、だれもが当然のようにマスクをつけていた。
エスカレーターを上って駅舎に入ると、胸ポケットから回数券を取り出して改札機に入れた。
改札口を過ぎるまで表示板を見上げなかったのは安易だった。次の電車は一時間後で、しかも雪のため遅れるおそれがあった。
長野駅には大きな待合室があったが、あいにく暇をつぶせるような物は持っていなかった。スマートフォンは勉学のさまたげになるという理由で母親に取り上げられていたし、ちょっとした散歩のつもりだったので、本も雑誌も、学習参考書すら持ってきていなかった。
英単語帳くらいは持ってくればよかったかな、とかれは思った。ふと売店の商品棚を見ると、地方紙の夕刊が売られていた。かれはそれを手に取り、レジへ向かった。
待合室の椅子に座って新聞に目をやると、一面にこんな見出しがあった。

シグマ株感染 千人超える

長野県全域で 新型コロナ

またコロナか。「毒性と感染力のいずれも、従来株と比較してきわめて強い」とか、「医療ひっ追をまねくおそれがあるため、警戒をゆるめてはならない」とかいった、見飽きた文言が散りばめられている。もうコロナの記事はごめんだ。かれは新聞をめくった。

北信でこんや大雪のおそれ

どうやらこの夜に、北信ははげしい大雪にみまわれるらしい。明日の朝には長野市はすっぽり雪のなか、などということもありえないとはいえない。なにしろこのご時世だ。なにが起こっても不思議ではない──とくに悪いことなら。

混んだ電車に乗り、自宅の最寄り駅で降りた。田邊仁志にとっては、満員電車というのはあまり好きではなかった。しかもコロナ禍にあっては、密集した電車内はウイルス感染のおそれがある。
降雪ははげしさを増していた。吹雪が田邊仁志の歩みを遅らせたが、それはたいしたことではなかった。家にたどり着いて冷たいドアノブをひねると、暖かい空気がかれを包み込んだ。

シグマ株がいかにおそろしいものか、かかったらたとえ若者でもひとたまりもない、などということを居間のテレビは連呼していた。どの新聞もテレビ局も、ひたすらコロナ、コロナとばかり言っている。たしかにCoVID─19はおそろしいものかもしれないが、この大雪だってニュースのネタになってもおかしくないはずだ。
「おかえり、仁志。沖縄、たいへんなことになっているの、知ってる?」
田邊いずみだった。
「え? コロナのこと?」
「ううん、雪だよ。沖縄に雪が積もったって」
「そう。それはやばいね。でも、そういうこともあるんじゃない? このご時世だし」
田邊仁志はコンピュータを見つめる姉をよそに、自室の勉強机の前に座った。
「新型コロナウイルス シグマ株に感染した長野県の十六歳の男子高校生、Tさんは──『ほんとうにこわい病気です。家族や学校にも迷惑がかかり、二十日間ちかくも寝込みました。いまもさまざまな後遺症が残ってんます。友達とカラオケに行ったのが感染の原因』──」
「姉ちゃん、テレビ消して」
田邊仁志は多少いらだっていた。ここ四年近く、どこを向いてもコロナづくしだ。テレビも新聞もインターネットも、街なかの看板も、すべてがコロナ、コロナの連続。この文明は遠からぬうちに滅びて、未来人が興味深々に見つめる歴史書のうえに長々と書き記されるのではなかろうか。


ちゃぶ台を囲って年越しそばを食べたときは、受験期の田邊仁志がCoVID─19にかかることのないよう、一家全員が外出をさしひかえることで合意した。それゆえか田邊いずみはしばしば夜遅くまで電話し続け、かえって弟の勉強をさまたげることになった。
しかし田邊仁志は、自分のために外出をひかえてくれた姉に対し、友達との電話まで自粛しろとは言えなかったのである。

二月にさしかかると、田邊いずみは新潟に一週間近くとどまらねばならなかった。通信制高校にはスクーリングというものがあり、卒業するには原則としてまぬがれることのできないものであった。新潟に行くのはそのスクーリングのためであり、シグマ株はこの原則をくつがえすほどの天変地異ではなかったのである。
その朝、田邊いずみは弟に別れを告げて家を後にした。田邊仁志は、受験が終わるまで姉が帰って来なければいいかも、と思ったりもした。そのころ田邊いずみは高速バスのなかで、弟が受験を済ませるまで新潟にいたほうが迷惑にならないだろうし、観光もできて楽しいのではないか、と思っていたのだった。

その翌日、信越地方では大雪が降った。その影響で信越本線が止まり、北陸自動車道と磐越自動車道の一部が通行止めになった。しかし田邊いずみは楽観的に考えていた。迂回ルートのバスが出るだろうし、そうでなくても遠回りすれば帰りつけるはずだ。いまはこのスクーリングを──新しい日常となったもろもろの不自由をかかえながらではあるが──楽しもう。

その日の課程を終えると、新潟の美しい街並みは真っ白に染まっていた。キャンパスの出口に、歳の近い少女がスマートフォンを見つめながら立っていた。肩越しに画面をのぞき込むと、このような表示があった。

新潟市防災情報

二月六日午後一時十七分、新潟市全域に大雪警報を発令しました。

少女は画面に反射する田邊いずみのひとみを見て、びくりと体をふるわせた。
「安心して。ここの生徒だよ。警報って文字が目に入ったから、つい・・・」
「えっと、そうだね。でも、じつは警報って、よく出るんだよ。大雪警報なんて毎年出るけど、せいぜい電車が止まるくらいだから。ほんとうに大変なことになれば、特別警報が出る。そんときは街中の携帯が物騒な音で鳴りだすし、うちの学校じゃ先生も生徒もポケットの中から警報音が響くと思う。そうならないうちは大丈夫だから、あんまり心配しないで」
「なんだかオオカミ少年みたいだね」
「たしかにね。でも、天気の影響をとても受ける人もいるから。たとえば、第一次産業の人とか」
第三次産業が主流になっているこの時代、田邊いずみは大雪を知らされたところで、帰り道に寒い思いをすることしか想像できなかった。
目の前にいるこの少女が、特別に聡明なのだろうか。
「そういえば、どこから来たの?」少女が尋ねた。
「長野から」
「えっ、長野? 善光寺のあるとこだよね。長野のどこ? 松本? 諏訪?」
どうやら全国的に、長野といえば善光寺というイメージが定着しているらしい。そして松本も諏訪も、善光寺からは遠く離れている。
「長野市だよ。善光寺のところ」
「長野市か。行ってみたいけど、当分行けなさそうだなぁ。名前はなんていうの?──私は市澤真緒だけど」
「田邊いずみ」
「いい名前だね。いずみちゃん、って呼んでいい?」
同じ年ごろの同性に、──少なくとも対面して──ちゃん付けで呼ばれたのは何年ぶりだろうか。少なくとも小学校の高学年に上がってからこの高校に入るまで、友人と呼べる人はいなかった。
学校が用意したオンラインコミュニケーションツールでたまたまつながった人とは仲よくなって何度も電話したが、いざ会いに行こうとしたときに、このシグマ株だ。泣きながら予定取り消しの電話をかけ、予約していたきっぶをすべて払い戻したのだ。
「うん。いいよ」
「いずみちゃん、カフェ寄ってかない?」
「カフェ? 開いてるの──この時期なのに?」
「新潟は緊急事態じゃないからね。まあ、近ぢか宣言出るらしいけど」
「大丈夫なの? 感染しない?」
「気をつけていればいいでしょ」
田邊いずみは、カフェに行くことをためらった。つい数日前にインターネットの質問サイトで、このようなやりとりを見たからである。

質問:いまシグマが流行っていますが、友達に会食に誘われています。断った方がいいですか?

回答:絶対に断ってください!! シグマは感染力がとても強いです。そして重症化率もとても高く、若者でも重症化しやすいです。重症化した場合、とても苦しい思いをします!
医療はいまとても大変な状況です!! これ以上感染者が増えたら、もう対応できません! コロナにかかった人のために、どれだけの税金がかけられていることか! 高齢者にうつしたら死にますよ! 若者が遊びあるいているせいで医療がめちゃくちゃになり、罪もない高齢者の平穏な老後が失われるんです!
いまは我慢の時です!! 長くてもあと二、三年我慢すれば元通りの生活が戻ってきます! 執拗に誘ってくるならそんなのは友達ではありません! 殺人鬼です!
もう若者は遊ばないでください!!

しかし、カフェに行くことが老人を殺し、医療をかき乱すにせよ、それがことさらに常軌を逸しているとはいえない。少しばかりの想像力をはたらかせばわかることだが、CoVID─19が流行るはるか昔から、カフェに行くことはめっぽう罪深いことだったとはいえないだろうか。
コーヒー豆が生産されるとき、搾取や暴虐や環境破壊がないとどうしていえよう? 産地から船で運ぶとき、何リットルの燃料を費やす? わが国の道のうえを駆ける輸送車の運転手は、はたしてその労苦に見合ったむくいを得ているだろうか? ひとときの贅沢のために何人の貧しい人に苦役を強いて、何平方メートルの土地を未来人から奪った?
そしていまはのんきに学生生活を楽しんでいる身だが、ひとたび教育を受け終えて就く仕事は、はたしてつらく苦しいものではないといえるだろうか? パワハラとか派遣切りとか過労死とか若者の自殺とかいった文字が、いく度新聞の見出しを飾ったことか!──一秒にも満たないあいだにそういったことを考え、田邊いずみはうなづいてキャンパスの扉を開けた。

空席が目立つカフェの店内に、二人の少女の声が響いていた。かれらはいま、この街でいちばん幸せな少女だった。
窓の外では雪がしんしんと降っていた。「どこに泊まっているの?」市澤真緒が尋ねた。
「『フロイントシャフト』っていうゲストハウス。この高校の先輩が働いているんだ」
「ゲストハウスかー。私も何回か泊まったなぁ」
「お客様」店員が言った。「まもなく閉店のお時間となりますので、ご準備をお願いいたします」
市澤真緒は椅子にかけていた外とうを着て、腕時計に目をやった。「まだ三十分あるね。閉店までいようか」
「うん。そうだね」
かれらは、再び店員に声をかけられるまで語り合った。店を離れたときには、店の掛け時計は二十時をまわっていた。
雪はかれらの足もとをおおうほどに積もっていた。交差点ではかれらはしばしの別れを告げ、それぞれの帰途についた。

ゲストハウス「フロイントシャフト」のリビングルームで、田邊いずみは紅茶を飲んでいた。テレビからはニュースが聞こえてきた。
「・・・性的暴行ののちに殺害した疑いがもたれています。続いて気象情報です」
いやなものを聞いてしまった。わざわいの半分くらいは性に起因しているのではないかと思う。性的快楽ゆえに人を殺したという事件を耳にしたこともあるし、性関係のもつれがはげしい憎悪を生むこともめずらしくない。
思えば、中学時代に受けたいじめも、性と無関係ではなかった。はじまりはは田邊いずみととある男子生徒との性関係──じつのところ事実無根であったが──をうわさされたことだった。さらなる過去にさかのぼれば、はじめて仲間外しにあった小学校中学年の時分は、性を意識しはじめる年ごろだったとはいえないだろうか。
さらにいえば、自分がこの混乱と苦しみの世に生きることになったのも、父と母が性の交わりをもったためであろう。
「──大雪警報が出ています。じゅうぶん警戒してください。あすの新潟市は雪、最高気温マイナス一度、最低気温マイナス七度」
この大雪は当分やみそうにない。田邊いずみは紅茶を飲みほすと、授業のノートを開いた。


田邊仁志は岩崎龍哉とともに、学校のラウンジにいた。ラウンジはこの年度から置かれていたが、感染対策のために飲み物の提供はまだはじまっていなかった。
「また雪が降ってきた」岩崎龍哉はつぶやいた。田邊仁志は窓の外に目をやった──雪が舞っていた。
「異常気象っていうやつかもね」
「そうだな。これからおれたちが、なんと言えばいいかわからないが──混乱に巻き込まれるような気がするんだよな。いまの社会が人類文明の最終進化形だとは思えない」
「というのは、どういうことだ?」
「要するにだな、現代というのは・・・」
校内放送のチャイムが鳴り、かれらの会話は中断された。
「──中学校中央放送でございます。放送委員の塩沢がお送りします。当局からの指導により、学友のみなさまにおかれましては、早急にご下校いただくようお願いいたします」
「あいつは、いつもおもしろい放送をするな」
岩崎龍哉は立ち上がると、かばんを背負い階段を降りた。

「現代というのは、西洋というか資本主義というか、要するに、たくさんある価値観や社会形態のうちのひとつでしかないんだよ。そうだな、君はいま、優しいお姉さんといっしょに暮らし、公立の中学で学び、いつも親友のおれと話す」
「そのとおり」
「では聞くが、君がばくだいな富を手にしたとしよう。豪邸に住み、専属の運転手がつき、豪華な衣服を身にまとい、最新のゲーミングパソコンで遊ぶ。毎週末にはハワイに行き──ここでは昨今の好ましからざる情勢は考えないものとする──、毎食高級ステーキだ。さて、これで君の人生の最終目標は達成されたといえるだろうか?」
「いや、ぼくにはやりたいこともまだあるし」
「そう。豪邸やらゲーミングパソコンやらも──」
「ひとつの価値観というか、富のあり方にすぎないってわけか。たしかに、それだけの金があれば、ぼくはほかのものを買うね」
かれらは分岐路にさしかかった。田邊仁志は岩崎龍哉に別れを告げ、住宅街を歩いた。

家に帰ると、姉の姿はそこになかった。ふと、固定電話機が田邊仁志の目にとまった。姉の電話番号は覚えている。自然と受話器に手が伸びたが、すぐに引っ込めた。どうせあと数日したら帰ってくるのだ。なにもいま話す必要はない。それに姉ちゃんだって忙しいかもしれないのだ。いまは授業中かもしれないし、友人と一緒にいるかもしれない。


「──注意報、警報、そしていちばん重大なものを特別警報といいます。天気は突然変わることがあるので、警報や注意報だからといって警戒をおこたってはいけません。警報、注意報はテレビやラジオの天気予報、気象庁のサイトで知ることができます」
田邊いずみは、学校の新潟キャンパスで授業を受けていた。地理の科目だったが、教職員は必要なことを話し終えると、なぜか天気や気象災害のことを話しはじめたのだ。
「特別警報は、携帯電話の緊急警報システムをとおしても配信され──」教職員がそう言いかけたとき、ポケットの中から不気味な振動を感じ、つづいて聞き慣れない警告音がそこらじゅうからいっせいに聞こえた。
田邊いずみはポケットからスマートフォンを取り出した。画面には、このような文言があらわれていた。

緊急速報

二月七日午後一時七分、新潟市全域に大雪特別警報を発令しました。
災害の発生がつよく懸念されます。ただちに命を守る行動をとってください。

「えっと、これが特別警報です。ええ、大雪による災害が起きるおそれがあり、えっと、授業を一時中断します。キャンパスのなかは安全ですのでご安心ください。ご家族が心配しているかもしれないので、携帯電話でご連絡してください。ただし、電話は使わないように。回線がパンクしますので」
田邊いずみは連絡先から母の電話番号を呼び出し、無事を知らせる短いメッセージを送った。相手に届いたことを示すチェックマークが表示されると、田邊いずみはスマートフォンをポケットにしまい込んだ。
「上のほうに確認したので、ただいまから授業を再開します。えっと、特別警報というのは、災害の発生がさしせまって懸念されるときに発表されます」
「せんせーい、災害がせまっているのに、授業してていいんですか?」ひとりの生徒が言った。
「学園の危機管理部が決めたことですので」
「危機管理部っていう部活があるんですか?」
こんどは教室じゅうが笑い声につつまれた。部活じゃなくて部署ね、と教職員が言った。

その日の授業を終えてラウンジに出ると、教職員が「防災上の理由から、キャンパス内にとどまってください」と書かれた看板を手にして立っていた。
結局、なにも準備をしないままキャンパスに泊まることになった。田邊いずみはスマートフォンを取り出して両親やゲストハウスに連絡しようとした。しかし、近くの基地局が壊れているのか、スマートフォンがとらえた電波は弱いものだった。そのうえデータ通信はつながらず、テキストメッセージは送信完了のチェックマークすらつかなかった。電話も試したが、ツーツーという音だけが聞こえるばかりだった。学園が用意した無線LANは、ルーターこそ無事だったものの、その先の回線に問題があったため通じなかった。
田邊いずみは、キャンパスを埋め尽くす生徒のなかから市澤真緒をみつけだすと、声をかけた。
「真緒ちゃん、あの」
「ああ、いずみちゃん! 特別警報出たね。これは災害だよ、もう」
「ほんとにやばいことになったよ。携帯通じないもん」
市澤真緒は、スマートフォンを取り出して言った。
「えっ、うそ。電波は来てるけど」
「でもつながらないの。電話もネットも、通じないの!」
「私のもつながらない。どういうこと?」
「回線が、パンクしちゃったんじゃない?」
「そうかも。こんな状況だし」
そのとき、室内の照明がすべて、いっせいに消えた。
電線が雪の重みに耐えかねて、ぷっつりと切れたのだった。

田邊仁志は机を離れると、テレビ受像機のスイッチを入れた。画面に映し出されたのは、正装に身を包んで深刻な表情を浮かべたアナウンサーだった。
「各地で異常な寒さや大雪などの異常気象が相次いでいます。気象学の専門家に電話でお話をうかがうことにしました」
それからの話はよく理解できなかったが、夏の陽に照らされた青春が、けっして手の届かないものになったことは確かだった。照りつける陽ざしのなか、上半身裸で友人と肩を組み、川辺の道を歩く──そんな日がおとずれることは、もうないのだ。
田邊仁志は受像機の電源を消して、窓の外をながめた。今度こそ、たいへんなことになるかもしれない
CoVID─19のパンデミックはたしかに平穏をおびやかしたものの、日常においてはいささかの恐怖と孤独、憎しみ、そして不自由が加えられるだけで、社会はいつもどおり動いていた。外に出たらマスクをつけなくてはならない、旅はもはや推奨されるものではなくなり、遊んだら白い目で見られる、飲食店が早く閉まる──目にとまる範囲の影響はそれくらいで済んだ。しかしこの雪には、ただならぬ不吉なものを感じずにはいられないのだった。

次の英文を、日本語に訳しなさい

It was a warm day of April, 2016. This town had a mild climate. Tajima felt something new and good has began.

かれはメカニカルペンシルを手にとると、こう書いた。

二千十六年の四月のあたたかな日のことだった。この街はおだやかな気候につつまれていた。田島はなにか新しい、そしてよいことがはじまったのを感じた。

しかし──田邊仁志は考えた。二千十六年の街はおだやかな気候にめぐまれていたかもしれないが、いまはどうだろうか。
窓の外を見た。雪はやみそうにない。田邊仁志は問題集に目線を戻した。英語なんか学んだところで、と思わぬでもない。CoVID─19で英語圏が全滅でもしたら、誰が英語を話すというんだ? しかし英語で書かれた文献は残るだろう。ならばこれからの英語教育はリーディング一本にしぼるべきではないのか。そういった話は少しもきかれないが、英語圏がめちゃくちゃになりそうだというのは、考えすぎだろうか。
ふたたび窓の外に目を移した。disasterという英単語が頭に浮かんだ。災害──この雪は災害をまねくかもしれないのだ。


真っ暗な部屋に詰め込まれた若者たちは、不安を隠せなかった。ところどころ会話や身動きがみられるほかは、まったくの静寂だった。
夢を見ているのだ、と田邊いずみは思った。これから軍事施設に連れて行かれ、労役を割り振られることになっている。
最近読んだ漫画みたいだ。スクーリングを終えたら、高速バスに乗るまえに本屋に寄って最新巻を買おう。
スクーリング? 高速バス? 意識が鮮明になり、記憶がよみがえってきた。ここは軍事施設などではなく、キャンパスの教室だ。たしか、大雪の特別警報が発せられたはず。田邊いずみはカーテンを開けると、窓の外を見た。雪は降りつづいていた。そして下に目を移したとき、はっと息をのんだ。降り積もった雪は、一階の窓枠のすぐ下にせまっていた。
雪に恐怖を感じたのは、このときがはじめてだった。
暖房も止まり、気温は下がっていた。田邊いずみは椅子にかけていた外とうを着た。
これから私たちは、どうなるのだろうか。田邊いずみは市澤真緒の寝顔を見ながら思った。
やがて夜が明けると、生徒らはつぎつぎに目を覚ました。田邊いずみはスマートフォンを取り出した。電池は十二パーセントにまで減っていて、電波は圏外になっていた。
かれはスマートフォンの電源を切ると、それをしずかにポケットに入れた。
しばらくして教職員が教室に来て、近くに住んでいる生徒は下校してよい、と通達した。ちょうどそのとき、田邊いずみは空腹をおぼえていた。かれは教職員に声をかけると、食べ物を買いに行ってもいいかと尋ねた。

田邊いずみは下校する生徒の列にまじって、コンビニエンスストアに向かった。正面の扉は開いていて、「災害支援」と書かれた看板が置いてあった。
かれはただに近い価格でおにぎりを買った。消費期限が迫っていたのだ。これを食べてしまえば、当分は──場合によっては二度と──おにぎりなど口にする機会はないだろう。米を炊く熱量もなければ、にぎる暇のある人もいない。
冷たくなったおにぎりを食べながら、凍てついた都市をながめた。鉄道もバスも止まっていたうえ、道路を走る車はまばらだった。
また雪が降ってきた。いったい私たちは、これからどうなるのだろうか。雪面に足あとをつけながら、田邊いずみはキャンパスへと戻った。


田邊仁志は雪をかき分けながら歩いていた。七時に家を出たものの、始業時間の八時までに学校に着くことは難しく思われた。
学生服のポケットから使い捨て懐炉を取り出した。いきおいよく袋を破ると同時に、雑音の混じった声が聞こえはじめた。
声の出どころは学校で配られたラジオだった。懐炉の封を切ったときに、手がスイッチに当たってしまったのだろう。
「──新潟などの地域では、電気や水道、通信などのインフラに影響が出ており、いまだに復旧の見込みが立っていません」
インフラに影響──いま、なんと言った? 新潟?
「全国的に発生した大雪によって、医療にも影響が出ています。東京都内の病院では、雪に埋もれて動けなくなった三十代の男性から緊急通報がありましたが、救急車が到着するまえに死亡したとみられています。新型コロナウイルス感染症が拡大するなか、大雪による災害が多発しており、医療崩壊がつよく懸念されます」
田邊仁志は、ラジオを取り出して電源を切った。こんどまちがって電源が入ったら、電池を浪費しかねない。裏ぶたを開けると、基板とともに電池があらわになった。
電池を取り出してポケットに入れた刹那、ショートという言葉が頭をよぎった。ボケットのなかで電池がショートとやらを起こしたら、かなり好ましくないことが引き起こされるのではあるまいか。
基板を見ると、小さなスイッチが半田付けされていた。もしかしてこれは、意図せず電源が入ることのないようにするためのスイッチなのだろう。田邊仁志はそのスイッチをオフにして、再び電池をはめ込んだ。そして電源スイッチを入れた。音は聞こえなかった。
このラジオは、どうやら近くの工業高校の生徒が、授業の一環で中学生のためにつくってくれたものらしい。基板には「二組・アライ」と書かれていた。新井先輩はこの中学校の出身で、田邊仁志と同じ委員会にいたのでよく知っていた。
今度会ったら、お礼を言わなくちゃ。同級生のだれかが、ラジオをもらった日に壊して先輩方のご厚意をむだにしたことは、隠しておいたほうがいいかもしれない。
そういったことを考えながら、田邊仁志は雪のなかを進んだ。手足の指先はすでに冷たくなっており、手だけでも寒さを免れようと使い捨て懐炉をはげしくもんだ。
学校が近づくにつれて、おなじ学校の生徒がちらほらと見えはじめた。誰もかれもがこの深い雪をかき分けながら一心不乱に学校へ向かっているようすは、いささか異様にも思えた。

教室は外の寒さにもかかわらず、生暖かい空気に包まれていた。外気温との差のうち半分はストーブの恩恵によりもたらされたものであるが、残り半分は十五人ほどの生徒の体温によるものに違いない。校内のストーブはほとんどが旧式で老朽化しており、生徒のなかには、ストーブが爆発するなどど悪い冗談を言う者もいた。
「たぶんな、このボタンを押すと灯油が噴き出して、このあたりはいちめん火の海になるんだよ」
田邊仁志はそれを聞き流して、自席に座った。もはやこのご時世だから、灯油が噴き出そうが爆発しようが、関係ないではないか。政治やら経済やらといったむずかしいことをかじったことがなくても、この国がの一途をたどっていることは肌で感じられる。たとえ子どもでも、いや子どもだからこそわかることだ。今すぐにでも手を打たなければ、このさき我が国を待ち受けるのは混乱と崩壊のみである。しかし国の指導者層──たぶんなんとかダイジンとかコッカイギインとかいう方々──は、なんら手を打つ気はないようにみえる。我が亡き後に大洪水よ来たれ、ということなのだろうか。
田邊仁志は問題集を取り出した。この勉強が、受験を終えた後に役立つかはわからなかったが、いまはただやるしかない。
「お、田邊君、勉強してるの?」
同級生の高橋滋だった。
「勉強なんてしても、意味ないのにね。どうせ文明も全部滅んで、せっかくの知識も役立てられないし、学歴も通用しない。ぜーんぶ意味ない」
高橋滋が、からかうように言った。田邊仁志は、急所を突かれたようにどきっとするのを感じた。意味などない──それはたしかに急所だった。勉強だけではない。文明の急所なのだ、と田邊仁志は思った。動揺したあとこそかえって冷静に考えられる。
「意味なんかねえことしやがって、もう、まったく」
「高橋君、マスクは?」ほかの同級生が言った。
田邊仁志は顔を上げた。たしかに高橋滋は、マスクをかけていなかった。
「マスク? そんなのただの気休めでしょ。どうせみんなコロナで死ぬんだから。みんな死ぬの。みーんな死ぬ。コロナで死ぬの」高橋滋はあえてつばの飛沫をまき散らすかのように顔を動かしながら、大声で言った。

下校してからも、さきの言葉が頭に残っていた。意味ない。たしかにそうだ。いまのように不安定な時勢のなかでは、勉強など無意味かもしれない。ふと建設中の家が目に入った。この家を完成させるのは、どれほどたいへんなことだろうか。しかし完成したとて、依頼主が住む前にこの地が混乱にのみこまれたとしたら、この家のために注がれた労苦のいっさいは、無駄になってしまうのだろうか。
「きょうは、やけに暗いな」
岩崎龍哉だった。
「いつもはおれのほうが哲学者っぽくて難しいことをしゃべって、どっちかっていうと暗い感じがするのにな」
田邊仁志は、岩崎龍哉とは違うクラスにいた。理由はわからなかったが、先生方は、仲がよすぎる人どうしを同じクラスに置かないようにしているらしい。クラスメイトがみんな親友どうしだったら、共謀して学校を乗っ取るおそれがあるとでもいうのだろうか。
「ああ、そうだね。高橋滋ってやつ、知ってる?」
「知ってるが、かれがどうした?」
「ぼくが行こうとしている高校は、結構入るのが難しいんだけど、あいつがさ、文明が滅びるから勉強したって意味ないって」
「なんだ、そんなことか」
岩崎龍哉は笑いながら言った。
「おれの趣味はなんだか、わかるかい?」
「哲学」
「惜しい。プログラミングだ」
「たしかに、姉さんの高校には、そんなイメージがあるかも」
「それはさておき、プログラムっていうのは、コンピュータのうえで動くもんだろ。なら、もし世界中のコンピュータが動かなくなったとしたら?」
「せっかくつくったプログラムも、役立たない──でも、そんなことって」
「じゅうぶんあり得る。世界情勢の混乱とかだけじゃない。たとえば大企業が自由な開発をさまたげたら、それまでつちかったプログラミングの技能も役に立たなくなるかもしれない。しかし、もっとおそろしい話もある。宇宙から大量の放射線がふりそそいで、地上のコンピュータがぜんぶこわれたりしたら、すくなくとも昭和時代に引きずり戻されるのはたしかだ。もしそうなるおそれがあるとしたら、プログラミングは無駄になるといえる?」
「無駄になるね、おそらく」
「おれは、少なくともおれ自身がやっているものは、無駄にはならない。好きでやっているんだからな。君だって、その高校に入りたくて勉強しているんだろう?」


田邊いずみは、ゲストハウス「フロイントシャフト」にいた。大雪による混乱はここにもおよんでおり、帰宅困難となった人を幾人か受け入れていた。ほかの通信制高校の生徒も泊まっており、そこで臨時に働いている者もいた。
「えっと、田邊いずみです。学校から戻れなくて」
「ああ、田邊さん。ちょうどよかった。学校のほうはどう?」
「家に帰れない生徒がおおぜいいて、みんなキャンパスにいるんですが」
「よかったら、その生徒さんたちを泊まらせてあげましょうか」
「え、でも、学校が許可するかどうか」
「そのことなら心配いりません。学校とは事前に話がついているんですよ。万が一のとき、生徒を泊まらせることになっているんです。ですから田邊さん、キャンパスに行って、先生にお伝えください。『フロイントシャフト』が事前の取り決めにもとづき、帰宅困難な方の受け入れをはじめた、と」

田邊いずみは夕闇のなか、雪をかき分けながらキャンパスに向かった。困難な状況をくぐりぬけ、命がけで情報を伝える。昔話や感動ストーリーなどでよくある話だ。もっとも自分の場合はさほど困難でもないし、命もおびやかされていない。
しかし情報というのが人間の本性に根ざした、重くて大切なものであることはわかった。だから人間は情報を記し、伝える術を得ることにこれほどまでにやっきになったのだ。それゆえ紙やペンやインクに、あれほど心ひかれるのだろうか。

田邊いずみは空を見上げた。電気の通っていない電線が何本もかかっている。電気で情報を伝えるというアイデアは、だれが考えたのだろうか。ツートン、ツートンの電信だけでは飽きたらず、声を届けたくなった先人は電話線をひいた。しかしそれでも満足にはいたらなかったようで、ついにはインターネットなるものを発明した。
インターネットを活用した最先端の高校に通いながらも、田邊いずみはどこか情報通信を軽くみていた。このときはじめて、それが間違いだったことに気づいた。たとえ遅くてもいい。インターネットが通じていれば、寒さに耐えながら雪のなかを歩む必要はない。
いや、そこまでの高望みはしない。電話線一本が、切れずにつながってくれてさえいればよいのだ。
街並みに視線を戻した。キャンパスまでは五百メートルくらいだろう。陽は西の空にしずみかけていた。
いつもなら五百メートルなど、たいした距離ではない。しかしいまはこの雪だ。たった五百メートルが、気の遠くなる距離に思えた。

田邊いずみがかじかんだ手でキャンパスの扉を開いたとき、新潟の街は闇につつまれていた。
階段をのぼって三階に行くと、化け物でも見るような目で生徒らがかれを見た。帰宅できる生徒はすべて帰ったはずなのに、雪にまみれた制服を着て夜の闇からすがたをあらわしたのだから、無理もないことだった。
「ゲストハウス『フロイントシャフト』から伝言。先生はいない? できれば、このキャンパスの責任者の」
「わかった。呼んでくる」
田邊いずみは床に腰かけた。隣にいた少年は、ラジオを手にしていた。
「ねえ、ラジオはなんて言ってるの? 情勢はどうだって?」
「どこもかしこも大雪だ。公共放送は医療のことしか言っていないな」
「雪で救急車が来れないもんね」
「それだけじゃない。停電で医療機器はぜんぶ動かない。どこの病院も非常用電源を使いはたした。医師も看護師も出勤できない。コロナも除雪事故も助からない」
「えっ」
そんなことあり得ない、と言おうとしたところで思った。あり得るのだ。まだ医療などなかった時代にはあり得たことだし、この文明から離れたところでは、いまでも医療など望めない。高速バスやインターネットが当たり前にあるものでないとすれば、医療だってしかりだ。そして、ラジオ放送も。
「くそ、放送が途絶えた」少年は舌打ちをしてイヤホンを外すと、ラジオをポケットにしまい込んだ。


高校入試の三日前に、田邊仁志の通う中学校ではCoVID─19の患者が確認され、休校となった。
休校の前日はあわただしくて聞けなかったのだが、入試はどうなるのかがいちばんの気がかりであった。中学校に電話をかけよう。
だが中学校の電話番号はわからないし、スマートフォンは母親に隠されてしまった。番号案内にかければいいはずだが、その番号案内の番号もわからない。分厚い電話帳はとうの昔になくしてしまった。
田邊仁志は母親の寝室に入った。机のなかやベッドの下をさがしたが、田邊仁志のスマートフォンはどこにもなかった。
母親のスマートフォンは机の上に置かれていた。学校の番号さえわかれば済むのだ。田邊仁志はそれを手に取った。
母親のスマートフォンにはロックがかかっていたが、「緊急通報」から「緊急時情報」を開けば、緊急連絡先の一覧があらわれる。そこには「仁志の中学」もあった。
田邊仁志は緊急連絡先のなかの「仁志の中学」に電話をかけた。しかし、話し中の音が鳴りつづけるばかりだった。
スマートフォンを机の上に戻すと、母親の部屋を出た。中学校までじかに出向いたほうがいいのか。いや、一秒でも多く受験勉強をしたほうがいいだろう。それにこの寒さだ。風邪だろうがコロナだろうが、かかるべきでないことはいうまでもなかった。

やがて入試の当日を迎えた。この日が近づくにつれて、心の中になんだかもやもやしたものを感じるようになった。そして当日の朝には、なんともいいがたいいやな予感をつよく感じていた。
学力には自信があった。勉強だってじゅうぶんやったはずだ。たぶんこれは、姉さんがなかなか帰ってこないせいだろう。田邊仁志はみずからにそう言い聞かせた。
この雪で道がわからなくなりそうなので、地図代わりにスマートフォンを持って行くことにした。高校は、スマートフォンの会場への持ち込みを許可していたが、中学校からわたされた資料には持って行くなと書いてある。入試会場が近づいたら、雪のなかに投げ捨ててしまえばいいだろう。そして帰りに公衆電話から電話をかけて着信音を鳴らし、見つけだせば済む話だ。
雪が降っていた。母親に頼んでスマートフォンを取り出してもらい、入試会場へ案内するよう設定した。
地図アプリによれば、徒歩で約三十分かかる見込みだ。しかしこの雪だと、とても三十分では着きそうにない。見渡すかぎりの雪のなかから、ところどころ建物が突きだしていた。

出発したときは九十五パーセントあった電池残量が、四十分後には六十パーセントを切っていた。寒さで電池が減りやすいと言うこともあろうが、画面をつけたまま、位置情報を取得していたゆえでもある。地図アプリによればあと十分で到着するとのことだが、どうやらこれまでの移動に四十分かかったことを計算に入れていないらしい。会場である志望校までは二十分はかかるだろう。
田邊仁志は地図アプリの案内にしたがって歩いた。この雪だから、自動車も走らないだろう。道路標示も縁石も雪に隠れ、歩道と車道を見分けることも難しいありさまなのだ。
突然、手に持ったスマートフォンが小刻みにふるえながら警告音を発した。コンマ一秒ほど遅れて防災無線から声が聞こえたが、あちこちに反射して聞きとれなかった。田邊仁志はスマートフォンを見た。

緊急速報

長野市に大雪特別警報が発令されました。
ただちに身を守る行動をとってください。

身を守る行動とは、いったいなんだろうか。とにかくいまは、できるだけ早く入試会場に着かなくてはならない。田邊仁志は画面いっぱいにあらわれた警報を閉じて、表示を地図に戻した。

結局のところ、家を出てから入試会場に着くまでには、およそ一時間かかった。ようやく志望校の正門にさしかかったところで、かれはいささか大きな過ちに気づいた。スマートフォンを投げ捨てるのを忘れていたのだ
五メートル先の昇降口には教員が立っている。いまさら茂みのなかに隠したところで、不審がられるのが関の山というところだろう。
こうなれば、意を決して申し出るしかない。田邊仁志は足を速めた。
昇降口は閉じられていて、扉には「入試中止」と書かれた紙が貼られていた。田邊仁志が声をかけるまえに、教員が口を開いた。
「今日の入試は中止だ。政府からの指示でね」
「では、いつになりますか。来年ですか」
「わからないね。コロナだけでもたいへんなのに、この雪だ。教育制度そのものが崩壊するかもしれない」
「なんとかしてもらえませんか。今日のために全力で努力したんです」
「それは君の先輩も同じだ。ついてきなさい」
教員に促されるまま廊下を進むと、教室のなかにはジャージを着た生徒らで埋め尽くされていた。十代の後わりにさしかかった若者の放つ絶望の空気は、わずか三歳下の田邊仁志を押し倒しかけた。
「かれらは、おれが受け持っている生徒だ。大学や専門学校に進もうとしていたやつも、就職しようとしていたやつも、なかには自営をしようとしていたやつもいた。みんなそれなりにせいいっぱい努力したんだ。しかし雪と疫病で、ぜんぶおじゃんだ。おまえだけじゃない。わかったな」
「でも、仕方ないことですよ。ウイルスも雪も自然現象ですし。世のなかには、ぼくらより大変な思いをしている人もいる」生徒のひとりが言った。
「後輩のまえでかっこつけたいからって、わかったような口をきくな!」別の生徒が叫んだ。
「あらゆるものがコロナ対策で消え、のこりは雪にうもれた。この十七年か十八年が、ぜんぶむだになった。なにもかも、まぼろしにすぎなかったんだ!」

田邊仁志は、肩を落として志望校をあとにした。なにもかも、まぼろしにすぎなかったのだ──その言葉が思い出された。
向こうから人影がちかづいてきた。カメラを首からさげているから、新聞記者かカメラマンなのだろう。
「仁志くん、なんでまた、こんなところに」岩崎龍哉だった。
「試験が中止になったんだ。雪とコロナでね。君こそ、なんでここに?」
「写真を撮っていたんだ。長野の様子を記録しておきたくて。それにしても、高校入試が中止になるとは──ちょっと待て、これは長野だけだよな?」
「政府からの命令だって、高校の先生が言ってた」
「ということは、おれの高校だって、中止の可能性も」
岩崎龍哉はポケットからスマートフォンを取り出すと、せわしなく指を動かした。
「なんてことだ。サイトにつながらない。学園のサーバーが止まったか、それとも携帯会社のプロバイダか。たぶんアクセスが集中してるんだろう。なんてったって日本一の生徒数だ。新入生が一気にアクセスすれば、さすがのサーバーも持ちこたえられるわけがない、そうだよな?」
「そんなの、わかるわけないじゃん。政府にサーバーを止められちゃったかもしれないし」
「そ、それはないだろ。これから、どうすればいいんだ?」
「それはぼくが聞きたいよ。というか、君の学校には入試があるの?」
「ネットコースなら書類審査だけだが。しかし、政府がぜんぶの高校に、この年度は生徒を入れるなって言ってる可能性もあるだろ」
「でも、そうなると、来年度は二年ぶんの新入生が入ってくることになる。政府はそれをどうするつもりなんだ?」
「仮設校舎でも建てるんじゃないのか。それよりどうする。おれたちは」
「知らないよ。とにかく市役所に行って、話だけでも」
「高校の管轄は、市じゃなくて県だ」
「なら県庁だ。いまから県庁に行こう。二時間も歩けば着くはずだよ」
「政府の命令だから、県がどうこうできる問題じゃないだろ。そうだ、君の家に行っていいか? 暖かいところで、ゆっくり話したい。君の家族も心配しているだろうし」
かれらは歩きだした。真っ白な雪に、ふたりの少年の足あとがつづいていった。


田邊仁志は電気こたつの電源を入れた。
「ええと、それで、君は高校に入れそうなの?」
「まだわからない。学校のサイトにも、メールサーバーにもつながらない」
「圏外じゃないの?」
「いや、ちゃんと電波は来てる。それに、本田先輩のブログには、ちゃんとつながる」
本田智規は、かれらの中学校の先輩だった。中学生時代から情報技術に関心を持ち、自宅サーバーを建ててウエブサイトを運用していた。
「じゃあ、どういうことだ?」
「たぶん、回線が不安定なんだと思う──つながったぞ、学校のサイトに!」
「なんて書いてある? 君のところも中止だって?」
「ちょっと待ってくれ──どこにも書いてない。政府からの指示については」
「やっぱり、通信制だからかな?」
「いや、さっき荒木君からシグナル(注)プライバシーに配慮して設計されたメッセージアプリ。固有名詞。でメッセージが来て、そこは通信制なのに、今年は生徒をとらないって。だが、通信制にも広域と狭域があるからな。たぶん広域だからだと思う」


新潟キャンパスにいた教員や生徒の半分ほどは、ゲストハウス「フロイントシャフト」に移動していた。田邊いずみは、同じ部屋に割り当てられた生徒とともに、ラジオを囲っていた。
「こちらは政府です。大雪災害にともない、緊急支援を開始しました。対象となっている地域は、新潟県新潟市、佐渡市、栗島浦村、聖籠町・・・」
地名がいくつも読み上げられた。おそらく、新潟県内でもすべての市町村が対象になっているわけではないようだ。
「支援対象地域では、指定された配給場所にて、食糧および生活消費財をお受け取りいただけます。そのさいは個人番号カードなどの、ご本人様確認書類をお持ちください。また、事業者の方向けの非常指示や災害支援情報は、AM千九百五十三キロヘルツ、AM千九百五十三キロヘルツにてお伝えしています。配給場所は次のとおりです。新潟県新潟市、新潟駅・・・」
災害のときに人々が頼ろうとするのは、やはり行政機関だろう。そしてラジオはテレビとくらべて、受信設備が簡便なつくりで壊れにくいことから、災害に強いといわれている。
災害時の緊迫した状況のなか、ラジオから行政機関の声を流すと、人々の安心ははかりしれないものだろう。
田邊いずみはラジオから離れて横になった。はげしい眠気がおそってきて、いつの間にか眠っていた。

消費財の配給場所で、一枚のポスターが田邊いずみの目にとまった。今回の災害で職を失った人などを対象に、政府が災害支援の職で雇ってくれるというのだ。具体的にいえば、食べ物や消費財を積みおろしたり、運んだり、あるいは除雪したりする仕事である。募った作業員にこれらの仕事を任せることで、行政機関の職員はほかの仕事にあたることができる。いまのところ金銭での報酬はないが、昼食としてあたたかいみそ汁と白いごはんが支給されるというはなしだった。
田邊いずみは消費財を抱えてゲストハウス「フロイントシャフト」に戻ると、市澤真緒にそのことを話した。高速バスも動きそうにないし、暇だから応募しようと思う。ここ何週間も米を食べていないし、雇い主が行政だから安心じゃないのか。田邊いずみがそう言うと、市澤真緒も興味を持ったようだった。
かれらが応募に踏み切ったのは、政府による支援にありがたみを感じていることもあった。政府は、人々がほんとうに必要とする消費財を、適切に把握して運んでくれるのだ。鉛筆、ノート、電池、マスク、かみそり、トイレットペーパー、生理用ナプキンといった生活に欠かせない品々が、特別警報からわずか四日で配給場所に並ぶのだ。

かれらはすぐに採用された。必要な手続きといえば、書類に記入して個人番号カードを提示するだけだった。
最初の業務内容は、表を見ながら消費財を仕分けることだった。一番の箱には栄養食品が三十袋、不織布マスクが四十パック、鉛筆が三十五本、そうやって消費財を箱に詰めるのである。
配られる消費財の多くは、かれらにとっても見慣れた商品だった。ノートにいたっては、大手文房具メーカーの商品が何冊も積み上げられていた。
これらはいったい、どうやって手に入れたのだろうか。しばらく働くうちに、その答えはわかった。
政府が、相当分の金額をあとで払うことを約束して、商店の在庫を持ってきたのだ。すなわち、「掛けで買った」ということになるだろう。
この国の政府がそれほどの交渉力と信用を持ち合わせていたとは、想像もしなかった。それと同時に、国民の生活を守るために多額の借りを背負い込む政府の姿に、田邊いずみはいたく感動したのだった。


田邊仁志は、高校に進めなかったことを気にやんでいた。そして姉が帰ってこないことも気がかりだった。なんど電話してもつながらず、シグナルにも到達済みのチェックマークがつかなかった。
近ごろは、世のなかのあらゆるところに変調があらわれていた。通信は不安定になり、全国紙は配達されなくなり、スーパーマーケットからは商品が消えた。学校も病院もすべて閉まり、主要な道路は封鎖され、バスも電車も動かなくなった。ガソリンも灯油も、懐炉用のベンジンさえ手に入らなくなり、停電の夜は寒さにふるえながら明かすしかなかった。

三月もなかばにさしかかったときのことだった。田邊仁志と岩崎龍哉は、語り合いながら散歩していた。暖房がなくなったいま、体を温めるには外を歩いたほうがてっとりばやかった。
「それで、君は高校に入れることになるの?」
「まだわからない。学園は、政府からそんな指示を受けたおぼえはないといっている」
「じゃあ、あれは政府じゃないってこと?」
「知らせが伝わっていないのかもしれない。君はどう思う?」
「政府じゃないんだったら、学校の先生を納得させることはできない。やっぱりほんものの政府だよ」
「たしかに、そうかもしれない。あるいは、国じゃなくて、県の判断なのかも。とにかくいまは、情勢が不安定なんだよ。教育システムごとぶっ壊れても、不思議じゃないんだ」
「もし、高校に入れなかったら?」
「そのときは、そのときさ。時の情勢が求めることをやるだけだ」
「ちょっと、あれはなんだ? 食べ物を売っているのか、配給か?」
脈絡のない返事におどろいて、岩崎龍哉はあたりを見わたした。ちょうど道路の向かいに「長野市」と書かれたテントが張られており、長い行列ができていた。
「あれは、なんかの手続きとか、ワクチン接種じゃないか?」
「いや、違う。列から出てくる人を見て。なんか受け取ってるよ。食べ物か生活物資だよ、きっと」
「ああ、たしかにな。君は目がいい。さて、君は最近、なにを食べた?」
「昨日の夜に乾パンを四個。それからなにも食べてない」
「乾パンか。けっこうぜいたくなものを食べてるな。そんなごちそうがあるなら、おれに分けてくれたっていいのに。おれは一昨日、キャットフードを食べた。愛猫のミットナハトと半分こさ。そのあとは雪以外、なにも口にしていない」
「キャットフード──そんなものを?」
「猫に食わせてるんだ。いざとなれば人間にだって、食えないことはないだろ」
「なら、ぼくらふたりとも、じゅうぶんに食べてないってことか。なら、食べ物をもらいにいかないと」
「あの行列だぞ。しかも、この寒さのなか」
「だけど、飢え死にするよりはましだろ。このままなにも食べないでいるつもりか?」
「飢え死に、か。わかった。じゃあ、列に並ぼう」

テントのなかにはさまざまな消費財が並べられていた。まず目についたのは、マスクや手袋、消毒液といった衛生用品。それから、鉛筆や万年筆インク、罫紙などの文房具。そしてもちろん食べ物もあった。野菜、チーズ、きのこ、海藻、肉、魚、そして砂糖やカップめんにいたるまで、およそ食べ物と呼べるものはひととおりそろっていた。しかしこれだけだと、ガスが来ていない家では、湯なしでカップめんを食べ、覚醒剤のような白砂糖を飲むか注射し、菌や寄生虫でも入っていそうな肉を生で口に入れることになる。
市当局はガスが止まっている家の住民にも、ちゃんと配慮していた。テントのそばの電気ポットは非常用電源につながり、カセットこん炉のうえには焼き網がそなえつけてあったのだ。


ゲストハウス「フロイントシャフト」をかつてない恐怖におとしいれたのは、三年前から人類を苦しめつづけたウイルス、SARS-CoV-2だった。
ことのはじまりは、生徒のひとりが、体調にすぐれないと訴え出たことだった。
学園の危機管理マニュアルにしたがって、抗原検査が行われた。結果は、陽性だった。
この大雪では、保健所をたよることもできないだろう。PCR検査などせずに、CoVID─19の患者としてあつかう必要があった。
ここには医師も看護師もいない。だれひとりとして医学知識を持つ者はなく、CoVID─19患者にどう向きあえばいいか、だれも知らなかった。
教職員のあいだに動揺が広がった。学園があらかじめ用意したマニュアルも、キャンパスで陽性者がでることしか想定していなかった。先月行われた危機管理会議でも、「交通機関がぜんぶ止まって、帰れなくなった生徒をゲストハウスに泊めたら、そこで感染者がでた」ことを想定する議論はなかった。
落ち着いて状況を整理してみましょう、と教員の塩沢龍都が言った。小さな部屋を貸し切り、緊急の会議を開いた。
四年間にわたるコロナ禍に加え、交通機関が止まって家に帰れず、消費財の配給もいつとだえるかわからない。多感な年頃の高校生だ。おそらく、いままでの人生でもっとも強いストレスを感じていることだろう。つぎに、電話もインターネットもつながらず、危機管理部や保健部に意見を求めることができない。そしてこの大雪で、医療関係者を呼ぶこともできない。しかも皮肉なことに、強いストレスゆえか、ゲストハウスぜんたいで衛生に気をつかわなくなっていた。
とにかくキャンパスの責任者に報告しなくては。いったん会議を抜け出すと、塩沢龍都は階段をかけあがった。デジタル無線機でキャンパスを呼び出すと、開口一番、こう言いはなった。
「こちら塩沢、こちら塩沢。ゲストハウス『フロイントシャフト』でコロナ感染者がでました。コロナ感染者がでました。抗原検査で陽性でした。体調不良を訴えています。抗原検査で陽性でした。本人は体調不良を訴えています」
「了解。こちら宮本、こちら宮本。復唱いたします」
無線機のスピーカーから最大音量で声が聞こえた。まずい。これがゲストハウス全体に聞こえたら、パニックを引き起こしてしまう。
かれは無線機のボタンを押した。しかし操作制限がかけられていて、チャンネルが切り替わることもなければ、同僚の声が小さくなることもなかった。
「ゲストハウス『フロイントシャフト』でコロナ感染者、抗原検査で陽性、体調不良、了解しました」


田邊仁志は、雪におおわれた住宅街をあてもなく歩いた。親からは、高校に行けないのなら働きなさいと言われた。災害で入試そのものがとりやめられたと話しても、それは能力の問題だと思われたようだった。「龍哉君はちゃんと高校に行けたじゃないの。どんな底辺なところでも、通信制でもいいから行きなさい。それができなければ働くこと。いいね?」
岩崎龍哉の進んだところは通信制高校だったから、かれも「底辺なところ」に進んだことになるのだろうか。そのまえに、底辺という言葉は形容詞ではなかった気がする。そもそもこの災害のなかで、仕事などという概念が依然として成りたつとは思えない。いま必要とされているのは、当座の生活を維持するための物資であり労働である。金のやりとりなどに労力を割く余裕はないはずだから、金を稼ぐことを仕事と呼ぶならば、そんな概念は深い雪の下にとうにうまっている。
道沿いに消費財の配給場所が見えた。この緊急時には、怠け者やずるをしている者をよりわけて供給を断つことは不可能である。目の前の人がだれであろうと、いまある消費財を渡すしかない。ちょうど、どのような経緯でCoVID─19に感染した人であれ、治療するしかないのと同じだ。三年前の電話が思い出された。
「日常生活で仕方なく不運でコロナにかかった人だけ治療して、遊びに行ったり飲み会したり、マスクをつけなかったりしてかかった人は、治療せずに放っておいたらいいじゃん。たぶんみんな気をつけるよ」
「そしたら医療だけじゃなく、行政まで崩壊するぞ」岩崎龍哉が行った。
「その線引きはだれが決める? それぞれの感染例ではどうやって判断する? いまの状況でこれをやったら、審査しているあいだに重症化しちまう」
「スマホのアプリで行動履歴を自動的に記録して、カメラも連絡先も吸い取って、通話内容もぜんぶ録音して、人工知能で判断すればいいじゃん」
「おそろしいことを言ってるな。監視社会だよ、それ。完全にディストピアだ。じつをいうとね、不運と怠惰の線引きは難しいんだよ。それを厳密に区別しようとすると、とてつもない労力がかかる。あらゆる不正の抜け穴をふさがなくてはいけないからね。医療の負担は軽くなるかもしれないが、それは何十倍にもなって行政におしつけられる。そして得るものといえば、感情的な納得だけだ」
聡明な友をもったものである。幼稚園からの親友が、中学生でこれほどのことを考えられるとは。
気がつくと、田邊仁志は岩崎龍哉の家の玄関に立っていた。目のまえのドアノブが回った。
「おお、仁志くん。遊びに来たの? ちょうど散歩がてらに、物資をもらいに行こうと思っていたんだけど」
うわさをすれば影がさすとはいうが、口に出さずに思っただけでも、引き寄せてしまうということがあるのだろうか。

「ということでさ。働けって言われたんだよ。どうすりゃいい? 失礼かもしれないけど、入学できたのは、その、学校が底辺だからなの?」
「底辺だって? とんだ誤解だな。うちの学校を底辺だというのは、情報技術が世界を変えることはないとか、パンデミックなど決して起きるはずがないだとかいうのとおなじくらい、間違ってる。あとは、災害は学力や社会的地位にかかわらずおそってくる。『怠け者』に天罰が下ることがないかわりに、天は敗者のルサンチマンを晴らしてくれるわけでもない。決定的な証拠がある。県内で最下位の、偏差値が二十か三十のところだって、入試ごと中止だった」
「そうなのか。じゃあ、どういうことだ?」
「政府はたぶん、あらゆるものをオンライン化しようとしているんじゃないかと思う。入学金や学費を払わなくちゃいけないんだが、銀行が閉まってた。『政府の命令により、当行は当分のあいだ閉鎖いたします』と張り紙があった。だが、ネット銀行を試したらつながったんで、それで振り込んだんだ」
「オンライン化ね。コロナ禍だからかな。でも、大雪のときには電気も通信も止まるから、オフラインで直接授業したほうがいいと思うけど」
「たしかに、君の言うとおりだ。インターネットが不安定で、通信がとぎれたり、おかしなページが表示されたりする。こんな状況では、たしかに対面に強みがある。おしなべて、高度な技術というのは災害に弱いものだ。複雑なプログラムになるほど、ほかのプログラムや機械の状況に影響されやすいし、間違いを直すのもむずかしい」
「なら、なんで人間は高度な技術を求めるんだろう」
「さあね。技術に恋でもしてるんじゃないか。そうでなけりゃ、スマホなんていう複雑な機械をつくる気には、とうていなれないだろうね」


何キロメートル歩いただろうか。かれらは歩き疲れ、公園のベンチに腰かけた。
公園には消費財配給のテントがあった。そしてその近くに「除雪・消費財運搬などの従事者募集中 政府」と書かれた看板が立てられていた。
給与が出るかはわからなかったが、これでも働くとはいえるのだろうか。
田邊仁志は腰を上げた。人のまばらになった配給テントに向かい、看板を指さして係員にこう言った。
「ここの仕事なんですが、お給料はいくらですか?」
「基本的に無給だけど、昼食としてパンとスープが配給されます。まあ、お金なんてあっても、たぶんもう使えないと思いますけど。あの方はお友だちですか?」
係員は、ベンチに座っている岩崎龍哉をさして言った。
「そうですが」
「なら、ぜひお友だちもいっしょに。いま人手が足りないんですよ。高校生か大学生くらい? 若くて体力もありそうじゃないですか。いまならスープを増やしてもらうよう取りはからうこともできますが」
「いえ、大丈夫です。かれにはまた話しておきます。まずはぼくだけ登録させてください」
「ええ、問題ないですよ。こちらの書類に記入してください」
係員は田邊仁志に、一枚の紙を渡した。字体や言葉遣いに違和感があったが、この非常時だから仕方がないだろう。いまにも電気が途絶えそうなときに、あわててつくったのかもしれない。

最初の仕事は、道路の雪かきだった。除雪車の燃料もなければ、塩化カルシウムも手に入らない。人がスコップを使って除かないかぎり、道は雪におおわれたままだ。
岩崎龍哉もこの仕事をはじめたので、当局はかれらを同じ現場に割りあててくれた。こうして気がつくと、四月になっていた。
しかしそれでも、春のきざしは感じられなかった。

ある日の昼休みのことだった。田邊仁志はスコップを雪面に差して、だれも踏んでいない真新しい雪を鍋いっぱいに入れた。そしてその下にカセットこん炉を置き、火をつけた。ほかの作業員が具材や調味料を入れ、調理することになっている。
「ちょっと、これを見てくれ」
岩崎龍哉はスマートフォンを取り出した。

美少年ゲンキの東京緊急現地ルポ

東京が雪でおおわれてから一ヶ月が過ぎた。高度な文明は危機に弱いということを、いやというほど思い知らされた。いまや交通も物流もすべて止まった。もはや、旅行に行けないくらいではすまされない。食べ物も教科書もゆきわたらないのだ。

首都の治安はかつてないほど悪化した。キャンパスに行く途中に強盗にあい、現金約五千円とコンピュータを奪われた。コンピュータのほうは高度なセキュリティで守られているので、製造元に持っていかないかぎりリセットできないだろう。現金にしても、五千円などこの情勢下では食べる足しにもならない。パンの一切れが何万円もするのだ。

下校時には銃声を何回か聞いた。日本では銃を持てるのは警察官ぐらいだが、この状況でやけになるなというのは、たとえ警察官でも無理な話。

それに銃は犯罪者に奪われることもあるし、違法に製造・輸入されることもある。いずれにせよ、あれが正当な射撃ではないことは確かだ。

はるか昔、二千十九年のことだった。私は中学受験のために勉強にはげんでいた。これに合格すれば、六年間にわたるいじめから解放されるはずだった。苦しみと暴虐は過去に葬られ、輝かしい青春が私を待っている。そう信じて疑わなかった。

二千二十年。ピンとくる方も多いだろう。そう、新型コロナウイルスがやってきた年だ。せっかく入学した中学校は休校になった。六月に休校が明けると、すっかり逃げおおせたはずの、別のわざわいが私を襲った。

私は同級生から無視されるようになり、教室にいるあいだじゅう、私の悪口がいたるところから聞こえた。そして体育祭のときにはチームから外された。もっとも私がチームにいても、勝利から遠ざかるだけだっただろうが。

そのあとは体調不良だ。検査を受けると、新型コロナに感染していることがわかった。もはやなにもかもが無駄になった。すべてが失われた。人混みでウイルスをまき散らしたあと、山手線か地下鉄にでも飛び込んで首都の交通網をまひさせてやろう。そう思って、私は家を出た。

そのとき、いつもの習慣でスマートフォンを取り出した。ブラウザを閉じ忘れていたので、直前に見ていたページが再読込みされた。
ビッグ・テック(注)グーグルやアマゾンに代表される巨大IT企業のこと。大手検索エンジンのグーグルは、利用者の機器使用や検索の情報を収集・処理し、利用者個人が関心をいだきそうな広告を表示している。の監視も悪いもんじゃない。そこに表示された広告は、私の人生を大きく変えることになる。
ここなら私も、やりなおせるかもしれない──表示されたのは、この学校の中等部だった。両親に何度も頭を下げて、二年生から中等部に通い始めた。

あれだけ努力したあかつきに待っていたのは、いじめ禍の再来と疫病禍だった。努力は裏切る。そう強く思った。だから、まったくといっていいほど勉強をしていなかった。

それでも中等部時代は、そこそこ楽しかったと思う。いや、人生でいちばん楽しかった時代かもしれない。はじめて友人とよべる人もできたし、スマートフォンのアプリをつくったり、疫病があるていど落ち着いた──もちろん、すぐにぶり返したが──去年には、旅行にも行った。そしてついに高校に進むという時分になって、この雪だ。

高校のキャンパスにはじめて登校した日、東京にはしんしんと雪が降っていた。それからわずか十日しか経っていないということが、信じられないくらいだ。あのころはわずかではあるが、商品棚に食べ物があった。いまは食べ物がありそうなすべての店はガラスが割られ、すべての商品が跡形もなく消えている。

二年間勉強をしていなかったせいで、必修授業のレポートについていくだけでもたいへんだ。最初の締切りに間に合うかどうか。

ちょうどさっき提出したレポートは、古代文明についてだ。古代ローマとか、そういったたぐいのもの。この東京もそう遠からぬうちに、歴史の教科書に載るにちがいない。

階下からガラスの割れる音が聞こえた。泥棒でも入ったのだろうが、いやな想像が頭のなかをかけめぐる。階下に火を放たれたら、当然ながら私も丸焼きである。あるいは空腹のあまり、人を食べようとしているのではないだろうか。であるならば私もまた、おいしそうな人肉ではあるまいか。警察に通報しようと電話をかけたが、通報が殺到しているとのことで、三十分待ってもつながらなかった。

これは日本だけかもしれないし、世界じゅうのあらゆる文化圏も同じかもしれない。もっともありえるのが、この資本主義というか、グローバル経済のなかにある文化圏に共通しているということだ。

それはようするに、目標に向かって努力する、ということ。学生であれば、よりよい進学や就職の条件を得るためにこそ努力する。社会人であれば、自分の収入を増やすこと、あるいは取り組んでいる事業を成功させることだろうか。

だが、いまにも目標が手に届きそうになったその瞬間に、目標そのものが消え去ったとしたらどうだろう。その可能性は少なくないのに、この文化圏ではそれが考慮されることはほとんどない。

不自由や恐怖に耐えて、いつか成果を手にする。その成果とは高校や大学であり、就職先であり、マイホームであり、老後であり──そしてコロナ後である。その成果がもはや手に入れることのできないものとなったとき、この文化圏の安定が失われ、破滅へと向かうのだ。

「スープ食べないの? 冷めちゃうよ」
田邊仁志は画面から顔を上げた。目のまえにある鍋からは、スープの熱気がただよっていた。さきに読んだ東京の惨状とはうってかわって、目にはいるのは平和な情景だった。
田邊仁志はスープを茶碗によそった。暖かいスープがかれの身を芯から暖めた。
「どうして、東京はこんな状態なんだ? 政府の支援はどうしたんだ?」岩崎龍哉が言った。
「ゲンキくんをいじめた罰だ」
「東京がいじめたわけじゃない。それに、なんでこんなに治安が悪化した? 政府の支援はなんで届かないんだ?」
「だって東京でしょ。あんなでかい街に、どうやって支援するのさ」


インターネットがつながると、生徒らはまず学内で使われているビジネスチャットツールにつないだ。年度をまたいで二ヶ月以上も、学内コミニュティから切り離されていたのだ。このあいだに、全国に散らばる学友の身になにが起きたか。それがいちばん知りたいことだった。

ゲストハウス「フロイントシャフト」も混乱と無縁ではいられなかった。
CoVID─19の感染者が見つかったときは、一ヶ月間建物から出られなかったうえ、感染者本人は自殺未遂をした。そのあとは大雪で玄関の扉が開かなくなったり、消費財の供給が途絶えたりした。雪に閉ざされていたあいだに起きたさまざまなことを、あらいざらいぶちまけたかった。

田邊いずみは充電の切れたスマートフォンを電源につなぎ、学内チャットを開いた。自分あてのメッセージがいく通も届いていて、ひとつひとつ確認するのが大変だった。この学校には、自分の安否を気遣ってくれる人が、こんなにもいるのだ。

(教員)杉山
いずみちゃん、新潟のキャンパスでスクーリングを受けていたよね。安心してください。新潟には立派な先生方がたくさんいます。この危機でも、なんとかやっていけると思います。

インターネットが通じていないとは思いますが、もしこのメッセージが届いていたら、返信してください。

本田恵那
いずみちゃん、大雪だけど大丈夫? スクーリングは無事終わった?

いまどこ? 避難所? けがはない? 食べ物はある? 命や尊厳はおびやかされていない? ただインターネットがつながらないだけだよね? つながったらすぐに返事して。

田島悠里
田邊先輩、文化祭の企画について相談したいことがあるので、二十日の十六時からお電話したく存じます。
(通話に応答せず)
田邊先輩、最近接続されていないようですが、なにかありましたか? パソコンがこわれてしまった、とかですか?

(教員)柳沢
今年度の担任になりました柳沢です。高校生活最後の一年間、よろしくお願いします。
いま新潟にいるとのこと、前任の杉山先生からお聞きしました。新潟のインターネットはもう回復しましたか?
今回の災害では通信回線も影響を受けました。通信制高校である我が校にとって、通信回線は生命線です。この影響で、一部の生徒さんにおいては、卒業時期やレポートの提出期限が変わっています。インターネットがつながり次第、ご相談ください。

学園からのお知らせ
今回の大雪災害により、一部の地域では通信回線に影響がでています。罹災状況によっては、卒業時期やレポートの提出期限が変わることがありますので、担任までご相談ください。旅行中の罹災でも対象です。
なお、今回の大雪災害で高校の新入生を受け入れないといううわさが出回っておりますが、これは根拠のない誤情報です。新入生のみなさんは安心して学校生活を楽しみ、学習に取り組んでください。

大雪だけでも大変なことになっているのに、教育にかかわるうそをつくというのは、いったいどんな神経をもっていたらできるのだろうか。教育というのはその後の人生や幸福に無視できない影響をおよぼす。政治や医療、宗教、情報通信にならぶ重大ないとなみなのだ。

たくさんのメッセージに返信したあと、田邊いずみは必修学習に取り組んだ。レポートの提出時期が変わる──おそらく後ろにずらされる──とはいえ、やらなければならないことは、早めにやっておいたほうがよいと考えたのだ。とくにこの時勢にあっては、じゅうぶんな回線速度を享受できるうちにレポートを終わらせておかないと、どうなるかわからないのだ。
市澤真緒も同じだった。また回線が切れたら、学習をつづけられる保証はない。五月までの提出分は、二週間でひととおり終わらせてしまった。

レポートの提出について学園から通知がきたのは、ちょうどそのころだった。それぞれの締切りが一ヶ月ずつ後ろにずれ、最終提出期日が一月十五日になったのだ。
かれらももう三年生だ。すべてが失われていくいま、進路をどうするのかというのがいちばんの悩みだった。あらゆるものが凍てついてもなお役立つ学問というのは、なんだろうか。この経済システムが崩壊したあと、人間はいったいどのような労働をすることになるのだろうか。寸断された交通網がもとに戻らないなか、異郷の地でどうやって生きればよいのだろうか。
この星には気の遠くなるような数の人がいて、かれらはまったく違っている。それと同じように、これまた気の遠くなるような数の都市や村落があり、それぞれが個々人のようにまったく違った個性というものをもっているのだ。
田邊いずみは市澤真緒に目を向けた。自分が生まれ育ったこの地がいかなるものか、きっと知っていることだろう。もし新潟で永遠に暮らすことになれば、いろいろと教えてもらおう。このまま交通網が復活しないとすれば、この地は急速にこの地らしさを取り戻すはずだ。
通信制高校で学びはじめたばかりの田邊いずみがそうだった。画一的な教育制度といじめの圧力から解放され、より「自分らしく」なっていったのだ。全国的、いや全世界的な経済網から「解放」された地は、その地らしくなるにちがいなかった。
田邊いずみは窓の外を見た。市沢真緒も同じく、窓の外に目をやった。雪がちらついていた。

やみそうにない雪のなかで、インターネットは断続的にしかつながらなかった。
この災害のなかにあっても、学園の対応は見事としかいうほかない。大急ぎで学習用アプリの更新版を開発し、配布したのだ。
その更新版には、インターネットにつながっていなくても学習をつづけられるような機能が追加された。その仕組みは、次のとおりだった。
まず、必修授業用の動画をあらかじめダウンロードしておく。視聴すると先に進むことができるが、そのときに正しく視聴したことを証明する暗号ファイルが生成される。そしてレポートに取り組むと、レポートの内容を電子署名の上暗号化して保存するのだ。
きわめつけは、メッシュネットワークによるレポートの提出だろう。視聴済みを示す暗号ファイルや署名済みのレポートは、ひとつのファイルにまとめられて近くの端末に送られる。つまり、学習アプリを導入した端末が近くにあれば、インターネットを介さずに無線で送るのだ。もし、自分の端末に学習用アプリを入れている人が、まわりにたくさんいたとすれば、無線をつうじてインターネットとは別のネットワークを構築できる。
そして、そのネットワークにつながっている端末機のうちいずれかがインターネットに接続したら、それらのファイルをまとめて学園に送るというのだ。しかも、同じファイルがいっせいに学園のサーバーに押しかけることのないように工夫されていたし、独自の技術で低い消費電力を実現していた。

田邊いずみはレポートに一段落つけ、紅茶でも飲もうと湯を沸かした。ガスも水道もふたたびつながり、茶葉も手にはいるようになったのだ。
「ねえ、いずみちゃん、これ見て」市澤真緒がスマートフォンを取り出して、画面を見せた。

美少年ゲンキの東京緊急現地ルポ

東京はかつての栄光をすべて失った。今日だけでも、五回くらい銃声を聞いた。インフラはほとんど破壊されている。電気が来るのは一日に三時間くらいで、水道とガスはなし。こんな情勢下でガスを流したら、どこから漏れて爆発するかわかったものではない。だが水が手に入らないのは困る。のどが渇くたびに危険な屋外に出て、雪を口に含まねばならない。

この文化圏では、豊かな老後のためにこそ人は働く。豊かな老後が望めないなら、スーパーに食べ物を並べる理由すらない。この雪で老後どころか当座の生活すらあやうくなったいま、その当座の生活を維持する理由も失って、みな自暴自棄になってしまった。薬物乱用、暴力、みだらな行いがまたたく間に首都をつつみこんだ。

豊かな老後というのは、死後の楽園のようなものだ。そして、老後を信じるこの文化も、宗教といっていい。これになんという名をつけるか──「老後教」だ。

人間は、なにかを信じなければ生きることはできない。老後だろうが、平和だろうが、科学技術だろうが、あるいは医療だろうが、だれもがなにかしらを信じている。もしなにも信じるものがなければ、みずからの快楽だけが唯一の指針となる。

自分の思想を長々と書きすぎた。つぎは東京の現状について書かなくてはならない。今朝、取材のためにカメラを持って、凍てついた街に繰り出した。まっさきに目についたのは、めちゃくちゃに壊された自動販売機だった。

日本は治安がよく、壊されることがないので自動販売機が普及している──どこかでそう聞いたことがある。だがそれは、「老後教」の信仰ゆえにすぎなかった。もはや豊かな老後が望めなくなったいま、自動販売機を壊す手を止めるものはない。

つぎに、最寄りのコンビニといこうか。ガラスが割られていて、すべての商品が持ち去られていた。近くには、薬物のたぐいを乱用している人がたむろしていた。店内では、店の制服を着た人が、交わりをもっていた。店員だとは断定できない。コンビニの制服に性的な感情をおぼえる人が、人の去った店に忍び込んだのかもしれない。

私の通っていた中学校の窓をのぞくと、生徒が体操着を着て・・・おそらく、みずからをなぐさめていたのだろう。

信じていた「老後」が嘘だとわかった以上、本能はブレーキを失い暴走する。付け加えておくが、本能は性にまつわるものだけではない。

とある高級菓子屋では、まるまる太った人がガラスを割って、売り物の菓子をばくばく食べていた。小学生くらいの子どもたちは、貴重なモバイルバッテリーをゲーム機につなぎ、遊んでいた。駅では何人もの人が運転台のハンドルを取り合い、それから殺人事件にまで発展した。刺される瞬間の写真も持っているが、学園の規則に反するので、ここにはのせないでおこう。ようするに、めいめいが欲望のままに、なんの禁忌もなく行動しているのだ。私だって、東京のようすを書き残したい、ジャーナリストとして名を残したいという欲望に支配されている。もしかしたら、レポートそっちのけで危険な場所に足を踏み入れるかもしれない。

田邊いずみは、画面から顔を上げた。目にはいるのは市澤真緒の顔であり、レポートに取り組み、あるいは談笑する学友のすがただった。
さきに読んだ情景とは、まったくちがう世界のようだった。
もしなにも信じるものがなければ、みずからの快楽だけが唯一の指針となる。
──であるなら、私や学友らは、なにを信じているのだろうか。


窓から見える長野の街は、いまだ雪におおわれていた。壁に掛かったカレンダーの「八月」の文字が、いささか不釣り合いに感じられた。
岩崎龍哉はこの年度のレポートをすべて提出し終え、田邊仁志を家にまねいていた。かれらは、なんとか手に入れた情報から、いまの状況を理解しようとこころみていた。
まず明らかになったのは、世界じゅうで気温が低下していることだった。加えて、アメリカやヨーロッパではSARS─CoV─2の変異株が大流行。社会的混乱や物資不足もあいまって、欧米は崩壊の危機に瀕していること。といっても欧米は一枚岩ではなく、欧と米では状況もまったく異なる。アメリカは国家機能が完全に崩れている一方、スイスやドイツはまだなんとか維持している。
欧米以外の地域については、英語の情報が圧倒的に足りなかった。日本語にいたっては皆無といってよかった。まだ欧米は言語が似通っていて教育水準も比較的高いおかげで、危機のなかにあっても英語で発信することはできた。しかしながら、ほとんどの地域で状況は苛烈をきわめ、めいめいの第一言語でキーボードをたたくのがせいいっぱいだったのだ。
岩崎龍哉はコンピュータをシャットダウンした。GNU/Linuxディストリビューションのロゴが画面いっぱいにあらわれ、そして消えた。
「そういうことだ、仁志くん。この世のなか、どうなることか──」
「こんな状況じゃ、世の終わりも近そうだね」
「だがな、すくなくともヨーロッパの一部の国は持ちこたえている。ここ日本だって、政府が物資も仕事も用意して、なんとか維持しようとしているじゃないか──首都はあっけなく見捨てられちまったみたいだが」
「そうはいっても、原材料はどうなるんだ?」
「原材料?」
「物資だよ。政府は物資をくれるけど、気温が下がっちゃ農業もままならないだろうし、石油や鉱物だって、すくなくとも採りにくくはなるんじゃない? そうなると」
「君は頭がいいな。たしかにそうだ。そこに気づかなかった! 原材料にもかぎりがあるし、工場の作業員だってこごえたらなにもつくれない。いずれにせよこの供給状況では、遠からぬうちに材料か労働力が底をつきる──そしたら政府は、どうするつもりなんだ?」


田邊いずみは、ゲストハウス「フロイントシャフト」の客室で、ラジオに耳をかたむけていた。政府は、「積雪状況が改善」したことから、都市間交通を順次再開すると発表したのだ。といっても、新潟長野間の高速バスが動きだすのはいつかはわからなかった。ラジオの声はこう告げていた──
「新潟市エリアにお住まいでないかたは、ご自宅の最寄りの駅または停留所までの区間にかぎり、都市間交通の臨時便を利用できます。新潟市エリアにお住まいのかたは、都市間交通を利用できません。定期便は運行しておりません。臨時便の利用をご希望の方は、行政手続きを扱っている消費財配給場所で申し込みを行ってください」
田邊いずみはそのまま配給場所に行った。臨時便を利用したい旨を告げると、係員は申請用紙を取り出し、記入するよう指示した。
いったい政府は、この対処能力をどこから持ってきたのだろうか。以前の政府なら、交通機関やラジオ局にはたらきかけることさえままならなかっただろう。この国の政府は複雑な利害関係にしばられ、国民からは無関心と、そしてたまに不満が向けられるのみである。こんなありさまでまともに業務をなしとげろというほうが、無茶なことかもしれない。それなのにいまの政府はどんな利権からも自由になったかのようにみえるし、かつてない事態にも合理的に対処しているようである。いったいどんなことをしたら、政府のかたちはこうも変わるのだろうか。
「──必要があるため、希望人数が四十五人を越えるか──十月を過ぎたら出発します──ときは──でお知らせします」
係員は田邊いずみに、なにやら話しかけていた。田邊いずみは上の空で聞き流していて、重要なところはすべて聞き逃していた。
「えっと、それで、いつ発車するんです? どこから?」
「ちゃんと聞いてましたか?」係員はいらだちを含んだ声で言った。
「燃料を無駄遣いしないように、四十五人を越えたら出発します。もし越えなくても、十月を過ぎたら出発します。出発の三日前からラジオで知らせますので、聞き逃さないよう注意してください。場所は新潟駅です。これをのがしたら、二年間待つことになります」

帰りのバスが出発したのは、それから一週間後のことだった。長野から新潟に来て、雪のせいでそのまま帰れなくなった人は、意外と多かったのだ。
ラジオ放送で出発予定を知ると、田邊いずみは職場──消費財の仕分け作業所──の同僚や、ゲストハウス「フロイントシャフト」の関係者、そして教職員や同級生にあいさつをしてまわった。荷物はすぐにまとめられたので、することといえばあいさつくらいしかなかったのである。
出発の当日になった。田邊いずみは市澤真緒に別れを告げると、ゲストハウス「フロイントシャフト」をあとにした。
満員のバスの中で、田邊いずみはある疑問について思いをめぐらしていた。新潟駅に向かう途中で配給場所の近くを通ったとき、だれかが係員に向かってこう叫んでいたのだ。
「おい、なんで満員なんだ。つぎはいつ出るんだ。長野には老いた両親だっているんだぞ!」
賢くなった政府のことだから、長野市から新潟市にどれくらい人が来ているかをおしはかるのは、そう難しいことではないはずだ。なのに、なぜ政府は、人数の推測を間違えたのだろうか。
考えてもしかたのないことだ。田邊いずみはスマートフォンを取り出して、学園で使われているチャットツールを開いた。

美少年ゲンキの東京緊急現地ルポ

おぼれる者はわらをもつかむ、という言葉がある。むろん、わらをつかんでも浮くことはないが、沈み方が速まるわけでもない。しかし、つかんだのが潜水艦の手すりだったとしたら? ふつうに沈みゆくよりも速く、深い海の底に引きよせられるかもしれないのだ。

危機のとき、おいつめられているときほど、差し込んだひとすじの光に疑いの目を向けなくてはならない。

バスが横方向に動くのを感じ、田邊いずみは窓の外を見た。これをスリップというのだろうか。車内からは悲鳴が聞こえた。
私は、潜りゆく潜水艦の手すりを、つかんでしまったのかもしれない。たとえ死をまぬがれたとしても、凍てついた高速道路のうえでのサバイバルを余儀なくされるはずだ。

だが、かれの悲観的な予想は当たらなかった。バスは再び制御を取り戻し、長野へと向かっていた。

長野駅は真っ白な雪におおわれ、その輪郭がかろうじて認識できるていどだった。田邊いずみはスマートフォンを取り出すと、地図アプリを起動した。ゲストハウス「フロイントシャフト」で満充電していたのだが、長野に着いた時点で六十パーセントに減っていた。
地図データそのものはあらかじめダウンロードしていたため、インターネットにつながっている必要はない。しかし道案内となれば、測位を繰り返さなくてはならないのだ。家にたどり着く前に、電池が切れてしまわないだろうか。
田邊いずみは二時間近く歩きつづけた。慣れ親しんだ街並みが見え、住宅街に入り、そして家の前にたどり着いた。
かれはチャイムも鳴らさずに扉を開いた。玄関で靴を脱ぎ廊下を進むと、美しい弟の田邊仁志とその親友の岩崎龍哉が、こちらを見つめていた。
「仁志、帰ったよ!」
「姉ちゃん! 新潟はどうだった?」
半年ぶりの再会で、開口一番こんなことを言うとは、仁志らしいというべきだろうか。
「田邊いずみさん、おじゃましています」
「龍哉くん、ようこそ。入ったのは、私と同じ学校だよね。どう?」
「そうですね。レポートはぜんぶ終わらせて、最近はこの災害について調べたり、政府に雇われて消費財を運んだりしていますね」
「ならよかった。こんな状況だけど、高校生活を楽しんで」
「ありがとうございます、田邊先輩」
長い旅のため、田邊いずみは疲れていた。一週間で帰れるはずが、半年間も家を離れることになった。そしてようやく故郷の地を踏めたとはいえ、家にたどり着くには寒いなかを二時間も歩きつづけなければならなかったのだ。かれは自室に戻ると、ベッドのうえで横になった。スマートフォンが鳴ったのは、その直後のことだった。画面を見ると、メッセージアプリ「Briar」の通知だった。

ブログ投稿 市澤真緒

政府の関係者に呼び出された。この災害のこともあって、特別な教育が必要らしい。

教育機関というのはおしなべて──うちの高校は違うが──生徒に負担をかけることが好きなようだ。そのほうが「教育効果」が高まるとかいった精神論を信じているのか、それとも単に労力や費用をおさえたいのかはわからない。むろんこの特別な教育とやらも例外ではなく、教育施設まで歩いていかなければならない。

特別な教育か──もし自分にも呼び出しが来たら? その教育施設ではうまくやっていけるだろうか。いじめられはしないだろうか。そんなことを考えているうちに、田邊いずみは眠りこんでいた。

家の扉が荒々しく叩かれたのは、陽がしずんだころだった。田邊仁志が扉を開けると、軍服に身を包んだ人が立っていた。
災害派遣の自衛隊員だろうか。そうでなければ、長野でテロ攻撃か紛争でも起きたのではないか。
かれは手元のスマートフォンを見ると、こう尋ねた。
「私は政府の者だ。君は田邊仁志くん、十五歳で間違いないね?」
「はい」
「この家には、二十六歳以下の人はいる?」
「いま友だちが家に来ていて、あと姉がいます」
「そう。なら、その友だちを呼んできてくれないかな?」
田邊仁志は、岩崎龍哉を呼んだ。
「君は?」
「岩崎龍哉です」
「年齢は?」
「十六歳」
「わかった。君たちは仲がいいの?」
「そうですね。ぼくらは親友なんです」
政府の職員は、スマートフォンをせわしなく操作した。田邊仁志はいささかの不安をおぼえた。もしかしたら、スパイの疑いでもかけられてしまったのではないか。
「えっと、君たち──田邊仁志くんと岩崎龍哉くん、いまから来てもらえないかな。若者の力が必要なんだ」
政府の職員にそう言われては、断る理由がなかった。かれらは身支度をととのえると、すぐに出発した。それでも、暴虐をはたらかれるかもしれないという不安はぬぐい去れなかった。
かれらは近くの公園に連れて行かれた。そこには、同じ年頃の若者が十人ほど集まっていた。

しばらくすると政府の職員が、合図をして若者たちを立たせた。
「いまから移動を始める」
近くの公園に移るだけか。田邊仁志はそう思っていた。しかし隊列は、一時間もしないうちに山にさしかかった。どこへ連れて行かれるのかを尋ねたかったが、そんなことを言える雰囲気ではなかった。
さらに強い違和感をおぼえたのは、それから一時間後のことだった。人が前より少なくなっている気がするのだ。
だれかが田邊仁志の肩を叩いた。振り返ると、岩崎龍哉だった。
かれらは目を見合わせた。どちらも聡明な少年だ。いま置かれている状況について、ふたりの頭脳は回線でつながっているかのように、同時に結論をみつけだした。
消費財を配り、高校入試を止め、そしていま自分たちをどこかに連れて行こうとしている「政府」は、慣れ親しんだ我が国の政府ではない。
隣国なのか、はるか遠い国なのか、あるいは国家ならざる組織なのか。それはわからないが、「政府」は大雪災害に乗じて主権を奪ったのだ。
岩崎龍哉が高校に入ることができたのは、通信制だからでもなければオンラインだからでもなかった。学園の事務所や本校があるところは、まだ「政府」が実効支配していなかったのだ。銀行だってそうだ。振り込みができたネット銀行は、本社やサーバーが「政府」の支配外にあった。だから影響を受けずにすんだのだ。
一方で、「政府」は治安の悪化を防いだ。東京は「政府」の支配がなかったために、無秩序な混乱をさけることができなかった。一方で長野は、「政府」に対する信頼と安心感が秩序をもたらしたのだ。

「政府」は消費財を配ることで、人々にみずからを信頼させた。同時に、配る消費財を手に入れる過程で、その権力を見せつけることにもなっただろう。
だれもが政府を疑わなくなったいま、「政府」は若者を用意に集めることができる。きつい肉体労働に従事させるか、人体実験に消費するか、あるいは性的な搾取かもしれない。いずれにせよ尊厳が失われることは間違いなかった。
いますぐみんなに伝えなければ──岩崎龍哉はスマートフォンを取り出した。
「スマホを捨てろ」
「政府」の職員が言った。岩崎龍哉はいわれるがまま、スマートフォンを雪のうえに落とした。
「早く動け。もたもたしてると、殺すからな」
「政府」の職員は、ポケットからナイフを取り出した。月明かりで照らされた刃には、まだ乾ききっていない血が、べっとりとついていた。ふたりの少年は無意識のうちに歩みを速めていた。


自由ソフトウエアについて

この作品を執筆し、校正、組版、発行するにあたっては、GNU/Linux、LibreOffice、Pandoc、GNU Emacsをはじめとした自由ソフトウエアを利用させていただいた。文学を含む表現の活動を自由におこなうには、自由ソフトウエアとその理念が不可欠である。みずからの獲得した技能をもって情報技術の自由に貢献した、自由ソフトウエアの開発者諸氏に、畏敬と感謝を表明する。

なお、おおいに恥ずべきことではあるが、発行に至る過程ではいくつかの不自由なソフトウエアを利用したこともつけくわえなければならない。執筆に使用したポメラには、不自由なソフトウエアが搭載されている。印刷にあたってはデータをMacに転送し、不自由なドライバを用いなければならなかった。

自由ソフトウエア、およびその理念については、GNUのウェブサイトから学ぶことができる。自由なオフィススイートであるLibreOfficeは、国際標準のオープンドキュメント形式を採用し、 GNU/Linuxをはじめとした多様なシステム上で動作する。文書や執筆にかかわる方なら、ぜひご自身のコンピュータに導入いただきたい。

二千二十二年三月二十二日 池田笠井闘志

著者略歴

池田笠井闘志

本名 笠井闘志。池田は離婚した父の姓。

二千四年九月二十二日、長野県長野市で生まれる。

二千十一年 両親が離婚。長野市立中条小学校入学。

二千十三年 学校法人いいづな学園グリーン・ヒルズ小学校に転校。

二千十四年 同校を不登校。

二千十七年 長野市立裾花中学校に入学。宗教法人GLAの活動に参加をはじめる。 同年12月より職員室登校をはじめる。

二千二十年 長野県須坂創成高等学校に入学。

会員登録可能な年齢に達したため、宗教法人GLAの会員となる。

二千二十一年 学校法人角川ドワンゴ学園 N高等学校に転校。

教義や組織体制への疑問から、宗教法人GLAを退会する。

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